神からの手紙【Ⅰ】 ~拝啓、人間の皆さん~


私が地球を耕し、そして生物の種を植えてから、一体、どれぐらいの時間を眠り過ごしてしまったのか、私自身にも正確なところは判らない。

皆さんが「専門家」と呼ぶ人達の発表に拠れば、地球の年齢は45億年であるとの事だ。

だが、そもそも、その「年」という呼び方自体、皆さん自身が考えて定義した単位であるから、神である私にはそれがどの程度の「遅刻」であるのか、やはり自覚はできない。

先刻、長い長い眠りから目覚めた私は、創造物である地球や動植物、そして皆さん人間が今日までどういう活動をしてきたのか一通り調べると共に、私が力尽きて眠りに落ちてしまった時期を正確に把握しようとしたのだが、残念ながら、その結果は何ともモヤモヤした「上手く言えない」ものになってしまった事を、ここにお詫びしたい。

いや、もっとハッキリ言ってしまうと、地球どころか、その基盤となる宇宙空間でさえ、私の最初の設計通りには完成していない。

例えば、皆さんが「ブラックホール」と呼んでいる、宇宙空間にポツンと空いた「凹み」が在るわけだが、私は当初、こんなものを造る予定は無かったのだ。

最初の予定では、まずは基盤となる宇宙を完璧に創造し、それから地球と動植物を造り、最後に皆さん人間を完成させて「これにて全て完璧」となる筈であった。

だが、宇宙空間を造っている最中に、私は自分の体力と集中力が最後まで保てないのではないかという疑念に襲われ、途中でそれを放棄し、慌てて地球の創造に執り掛かったのだ、様々な道具や材料を放り出して。

結論を言うと、ブラックホールとは私が放置した道具や材料が変化して「吸い込む物置」と化してしまった存在であり、例えば皆さんが「反物質」と呼んでいるモノなども、おそらくはその中に詰まっている。

さて、私のここまでの告白で、殆どの人達が衝撃を受け、狼狽しているであろう事は容易に想像できる。

実際、調べている最中に、皆さん人間が様々な問題を抱えて互いに争い、仕舞いには私と連絡を取る為の手段として「宗教」という名の組織を作り、(眠っている最中の)私を何度も何度も呼んで助けを求めた事実も把握している。

きっと、現在の私に対して「目が覚めたんなら、サッサと事態を収拾しろ!!」と思われているに違いない。なにしろ、「仕事」の最中に眠りこけてしまったのだから、皆さんが怒るのは当然だ。だが、その前に、いくつかの説明と釈明をさせて頂きたい。

正直に言うと、今の私には現在の宇宙と地球の状態、そして皆さん人間の機能的な不具合や境遇的な不満を直ちに是正して、最初に設計したような「完璧な状態」にする事はできない。

何故ならば、神である私自身が不完全な存在だからだ。

もしも、私が「一神教徒」の人達が言うように「完全にして全能なる存在」であるならば(それはそれで光栄な事だが)、その創造物である宇宙は、そして皆さん人間は、当初の設計通り「完璧にして永遠なる産物」になっていた筈だ。

しかし、完璧には程遠い事は、今や誰の目にも明らかだと思う。

それでも、不幸中の幸いだったのは、皆さんの中でも特に賢い人たちが、最近になって「不完全性定理」や「不確定性原理」という形でそれを証明してくれた事であり、私としては、肩の荷が何割かは降りた思いである。

これから、目覚めてからの私が具体的に何をしていたのか、そして現在は何をしているのかを、皆さんに理解できる範囲の例えを用いて、順番に説明していきたいと思う。

どうか、それを最後まで読んでから、私に対する態度、あるいは要望を、皆さん一人一人が熟慮した上で、改めて決めて頂きたい。

それから、この前書きの最後に、皆さん人間が考え出した物事の中で、私が最も素晴らしいと思った概念を一つだけ挙げたい。それは「愛」という考え方、捉え方、あるいは感覚である。

はっきり言ってしまうと、私には人間の皆さんが言うところの愛という感覚は無い。

私が何故、何の為に宇宙と地球を、そしてそこに住まう全ての生き物を創造したかと言えば、それは至極単純に私が「神という職業」だからである。

つまり、私は自分の自負心に従って宇宙と地球、そして生物を設計、製造し、それを管理する事によって自己の存在価値を肯定できるわけであり、それ以上、あるいはそれ以下の意図や価値があるわけではないのだ。

なので、皆さんの生活や歴史を遡って観察していく中で、愛という単語が実に頻繁に登場する事に、正直、驚きを隠せなかったし、中には「神の愛は平等である」などと言い出す人達まで現れて、なんとも形容し難い、くすぐったいような感覚に襲われたものだ。

どうか、人間の皆さん、不完全ではあっても、確かに皆さん自身が生み出した概念や価値観の中で最も素晴らしき産物である「愛」を大切に、そして堂々と行使、享受して頂きたい。

少なくとも、それは「モノ」としての皆さんを造りっぱなしにしてしまった私には、与えられない特質なのだから。

≫二通目 ~創造論と進化論~

QooQ